Need Help?

Ryukoku Extension Center

龍谷エクステンションセンター(REC)

シーズダイジェスト

五感を使って楽しむ新しいバーチャル体験をデザイン 先端理工学部 知能情報メディア課程 橋口 哲志 助教

[プロフィール]
立命館大学情報理工学部メディア情報学科特任助教、龍谷大学理工学部助教などを経て2020年より現職。
触覚ディスプレイ、バーチャルリアリティ、複合現実感の研究に従事。日本バーチャルリアリティ学会論文賞を受賞。
趣味は、中学校から大学院まで続けてきたというサッカー。どんなポジションでもこなすユーティリティ選手!「仲間と汗をかくのが楽しい」と笑顔を見せる。

VR(仮想現実)というのは、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)などの頭部装着機器を使って、コンピュータ上で作り出されたCGや動画等の映像空間をあたかも現実世界のように体感する技術のことです。しかし、VR空間でスカイダイビングを楽しみたいと思っても、目の前の風景が動くだけでなく、風を切る音を聞いたり、空気の抵抗を肌で感じたりしなければ、現実味は薄れてしまうでしょう。

一方で、人間の感覚には曖昧な面があり、例えばかき氷のシロップはどれも同じような成分でできていますが、見た目が黄色い色だとレモン味、赤い色だと苺味というように脳が錯覚することがあります。私の研究室では、人間の根本的な感覚がどのようなメカニズムでどんなふうに情報処理されているかを明らかにし、視覚や触覚、嗅覚など多感覚刺激の組み合わせによって生じる錯覚をうまく活用することで、よりリアルなVR体験を実現したいと考えています。

人間の五感で、最も錯覚しやすいのが温度感覚といわれています。VRの足湯を使った実験では、実際に水を張った桶に足を浸けてもらい、足裏に15℃と40℃の温度刺激を交互に与えることで、知覚する水の温度がどう変化するのかを検証しました。その結果、爪先から踵にかけて冷、温、冷、温…と刺激を与えると冷たく感じ、反対に温、冷、温、冷…の場合は温かく感じるなど、VRの視覚効果に加え、温度を提示する位置や順番を変えることによって足裏の感覚が異なることが分かりました。これをサーマルグリルイルージョン現象といいます。

この装置を小型化して指先に装着すれば、博物館の展示物など実際に触れることが難しいものでも、金属でできたものは冷たく、木でできたものは温かく、指をかざすだけでその質感や風合いを体感することが可能となります。足裏や指先などの局所だけでなく、顔や体に安全に装着し、様々な感覚刺激を制御すれば、先ほどのスカイダイビングもより迫力のあるVR体験を楽しむことができるようになるでしょう。

MR(複合現実)という技術をご存じでしょうか。CGで作られたアイコンやキャラクターを現実の空間に投影するAR(拡張現実)をさらに進化させたもので、カメラやセンサを使って位置情報や光の反射・拡散(光学的整合性)を3D計測することで、目の前に現れたキャラクターやモノに近づいたり触れたりすることができるようになります。

しかし、MRの世界で何か情報を入力しようと思っても、現実世界で私たちが行うジェスチャーとはかけ離れた動作もあって、戸惑うことが多いのも事実です。研究室では、はんこを押すときの心地よさ、爽快感に着目し、HMDなどと情報通信できるはんこ型のIoTデバイスの開発に取り組んでいます。実際に手に持ったはんこをペタンペタンと押せば、その動きに応じて目の前に入力パネルやアイコンなどのCGが現れる…。触感が伴うことで、MR空間の動作があたかもリアルであるかのように感じるようになります。一つの現実であるメタファを取り入れ、現実と仮想の世界をうまく結びつけるインターフェイスを提案していきたいですね。

MRの世界では、時間的な整合性が大切です。しかし、情報量がますます増大・複雑化する中で、コンピュータの処理速度に遅延が生じることも少なくありません。入力や表示にタイムラグがあると、私たちはストレスを感じますが、その現象を逆に利用することもできます。

マウスを使って絵や文字を描くとき、描写する線の動きが鈍いとマウスが重く感じられるときはありませんか? これはシュードハプティクスと呼ばれる錯覚で、視覚的な動きによって、触覚に抵抗を感じてしまう現象です。例えば、CGで作成した箱を持ち上げる操作で、手や指の動きよりも箱の動きをあえて遅らせることで、箱に重さを与えることができるようになるかもしれません。視覚的な設計だけでなく、どれくらいの情報処理の遅延が力学的な感覚として私たちにどんな影響を与えるのか、視覚と触感の差異を検証して、新たなユーザーインターフェイスの設計に役立たせていこうと考えています。

VRやAR、MRの技術がますます進化していく中、五感メディアを用いた新しいデザインを体験してもらうことで、よりリアルな仮想世界を皆さんに楽しんでもらえたらと思います。

研究者からのメッセージ

教育コンテンツから広告サービスへ大きく広がる技術展開の可能性

研究者からのメッセージ

現在、VRはゲームの世界で広く使われていますが、そこに触覚や温度感覚など多感覚刺激を組み合わせて提供することによって、例えば外科手術のシミュレーションや災害救助訓練、あるいは伝統芸能の伝承など、よりリアルな体験、技術習得が可能な教育コンテンツとして活用できるかもしれません。

今後、5Gのサービスが開始され、タブレットやスマートフォンでも容易に仮想体験できる時代になっていくでしょう。SNSと情報共有することで、端末をかざせばAR空間でお店の評価ができる広告サービスなど、誰もが利用できるビジネスのプラットフォームとして新たな展開を提案していければと思っています。