厳密な「証明」の経験が培う構想力と発想力を活かして 工学や物理の分野と連携しながら数学を広く社会に役立てる 数理情報学科 松本 和一郎 教授

[プロフィール]
京都大学大学院理学研究科修士課程修了。同博士後期課程退学。理学博士[京都大学]。1989年より龍谷大学理工学部教授、現職に至る。 解析学における函数方程式論を専門分野に、長期研究課題として「逆問題」「一般の偏微分方程式系の可解構造」に取り組み、その一環として逆問題の1つ「太鼓の音による太鼓の形の同定」をテーマに研究している。

抽象的な数学から具体的な応用研究へ
社会の要求を数学の中へ取り入れる

数理情報学科 松本 和一郎 教授

 

音によって形が同定できる太鼓:2周期の曲線(周長2π、回転数1)

数学というと、実社会とかけ離れた存在のように思われる時代もありましたが、現在はコンピュータの発達も著しく、数学者が担う役割や考え方が変化してきました。暗号理論など、純粋数学が直接工学に応用される場面も増えてきています。我々はもっと社会につながっていけると自信を持つと同時に、世の中が求めるものを数学に取り入れようと社会に歩み寄ってもいるのです。

しかし、現段階で私の論文や研究が直接具体的な製品になることはありません。様々な研究を理解いただいた上で、実際開発中の技術などに対し意見や感想を提供する形などで企業と結びついています。各方面から持ち込まれる課題に関して、考え方の提案をさせていただき、そこから方針を変えて成功されることがあります。理論的な研究かつ厳密に証明していく作業の経験から、事業の全体構想のなかで技術者が気づかない問題点を探るようなことができてくるのです。数学の構想力にはそれなりのセオリーがあり、これが我々のひとつの能力であり研究の本領でもあります。また、我々が現在進めている太鼓の音から太鼓の形を求める研究は純粋数学の研究ですが、発想を生かして工学的応用に耐えうる研究が他のグループによって発展してきています。

※ 暗号理論
送信者と受信者以外には内容が分からないように、文字・記号を変換したものを暗号といい、暗号に関する理論を暗号理論という。送信者が文字・記号を暗号に変換するときに用いた変換法則を受信者は知っていて、暗号を逆変換して意味の分かるものにする(解読する)必要がある。この暗号の生成・解読をいつも同じ方法で行うことは、第三者による暗号解読の可能性を高くする。そこで、自然数の素因数分解は数の桁数が大きくなるにつれてコンピュータによっても膨大な時間を要することを利用して、暗号の生成・解読をその都度大きな異なる素数に関連させて違うものにする方法が開発されている。この方法は整数論に基づく。

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時代の流れやトレンドに大きく関わる数学
今と未来を見据えた研究課題に取り組む

数学は社会の影響を随分受けています。時代の要請が工学や物理の分野に大きく反映して、そこから多くのテーマが数学に提供されているためです。数学と工学や物理の区分けが曖昧に捉えられることがありますが、明確な差は、数学は完璧な証明がないといけないということです。物理は現象の説明ができたら厳密性に関わらず先に進み、工学は実用化されてはじめて価値あるものになります。なお、ある著名な先生が物理的に正しいものは必ず数学的に証明ができるとおっしゃっているように、数学的に証明できない物理の理論は間違っているのではなく、数学の方でその理論を正当化する概念が未開発なことが多いのです。

また、数学自体も時流を捉えて進まなければいけません。新しいブームに乗る研究だけでなく、5、6年後に求められるものも見据え、さらに生涯かけて研究していく大テーマもあります。短期・中期・長期のテーマに研究をカテゴリー分けして、サイクルの短いものは、速やかに入れ替えていきます。これから研究が上り坂のもの、逆に下火になっていくもの、まだ開発段階やプラン段階というものなど、研究の質を見極める必要もあります。

そのなかで現在、企業からも数学の側からも求められている研究テーマの1つが「逆問題」です。工学でも研究が広く行われていますが、純粋数学の問題でもあります。我々が進める「太鼓の形を聞く」研究も、この「逆問題」の1つです。太鼓の形が分かった上で、叩くとどのような音がするかを求めるのが順問題で、逆に、太鼓を見ずに太鼓の音だけを聞いて太鼓の形を知ろうとするのが逆問題です。

※ 逆問題
原因から結果を求める問題を順問題という。逆に、大括りに言うと、結果から原因を推定することを逆問題という。逆問題の場合、原因の一部が不明で、一方結果も一部しか分かっていないことが多い。不明の原因がどういう質のものでどの程度の量か、分かっている結果がどういう質のものでどの程度の量か、の組み合わせで順問題1つに対して逆問題は多種多様にあり、解けるかどうか、易しいかどうかも異なる。

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逆問題の1つ「太鼓の形を聞く」研究
凹みがある太鼓の場合の肯定的例を世界で初めて指摘

我々の太鼓の研究は、トンネルの壁の剥落対策に例えると分かりやすいでしょう。壁が剥がれると、危険ですからすぐに人が出向いて、壁を叩いて音の違いで次に剥がれそうな場所を特定していきます。叩いた音の違いで中に空洞があるかどうか聞き分けます。音の解析は、音の三要素である「強弱(=大小)」「高低(=周波数)」「音色(=波形)」で分かり、工学的にはオシロスコープに音波を取り込んで調べます。「太鼓の形を聞く」では周波数だけが分かり波形はわからないという前提で、太鼓の形を知ることができるかを考えます。その背景に固有値問題があります。数学ですから、叩き方で変わるあらゆる種類の太鼓の音の周波数が分かるものとします。

では、この問題は解けるのでしょうか?これまでの研究は太鼓の周囲が特別な曲線群の場合で円に近い形なら解析できるというものでした。我々のグループが、円からずっと離れていっても解析できる、最終的には凹みがある太鼓でも解析できる場合があることを世界で初めて指摘しました。予測はありましたが、確立したのは初めてです。それを証明するには膨大な計算が必要になりました。コンピュータの記憶容量と数式処理ソフトの発展が後押ししてくれました。それでもこれはまだワンパラメータの具体例でしかありません。まだこれから先の長い問題です。

※ 固有値問題
物理現象において、時間によらない状態を定常状態という。定常状態のエネルギーは特殊な値のみが可能である。この値を固有値、その固有値を取る状態を固有状態という。(固有状態を函数で表すときは固有函数という)固有値と固有函数のペアをすべて求める問題を固有値問題という。

 

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「太鼓の形を聞く」研究から派生した3モード解(幾何的発展研究)


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工学や物理に由来するテーマで数学が活性化する
画期的な開発に違う分野のアイデアを活かす

数学で息の長いテーマの多くに工学や物理に由来するものがあります。技術や現象に由来した問題は、ひとつ解決できたら終わるのではなく、それが分かるとその先はどうなるのかという課題が次々と出てきて、どんどん問題を深化させながら研究を続けていけるのです。我々が工学や物理学者と積極的に対話をしたいと思うのは、非常に良いテーマをいただけるからです。

情報やアイデアの流れは、工学から数学へは強くあり、数学としていただいた新しいテーマに取り組むのですが、それを工学に戻す段でなかなか実用的な形にはなりません。数学は厳密を目指すためで、工学へ答えを返す時に不十分なデータでは理論が回らないのです。数学と工学の人間が直接話をするとかみあわない場合があるのですが、両者の間に違う分野の人が入ると飛躍的にうまくいくことがあります。

具体例をあげると、CTスキャンと言われるX線装置による人体のコンピュータ断層撮影は、ラドン変換という函数を解析する方法を応用したものです。しかし数学者には、ラドン変換が断層撮影に使えるという発想がありませんでした。少し違う見地からの提案がありラドン変換を使って研究が始まり成功したのです。このように画期的に役立った数学の応用は数学者が使えると思っていなかった事例が多く見られます。中間に違う分野の人がいて調整してくれることが大きな助けとなるケースがあるのです。

※ ラドン変換
3次元ユークリッド空間の平面は単位法線ベクトル(2次元)と原点から平面までの距離(1次元)で定まる。3変数の函数に対して、1つの平面上の積分値を対応させると、積分値は単位法線と原点からの距離に依存する新しい3変数函数となる。この対応をラドン変換という。

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数学の経験から生まれる直感と発想を現場へ
ものづくりの競争力に役立つことを目指す

数学者は厳密な証明をしないといけません。どこかに論理的飛躍が無いかということにとても繊細です。企業の方の相談を受けたときに、数学上の経験から直感的にプロセスの飛躍に気づくことがよくあります。「これは当然」、と長年疑うことの無かったところに問題点が隠れているのを見つけるのです。我々は、上手くいかないという時に全体を俯瞰して早く問題点にたどり着けることがあり、また、技術面ですぐにできないことを原理からいってできるはずだという着想も生みだします。このように、具体的な数学の知識を使うのではなく、考え方という大きな括りで技術に貢献できることもあり、我々の研究室で学んだ後、企業でこのような形で活躍している卒業生も多くいます。

数理情報学科 松本 和一郎 教授

我々がテーマを探す段階では、当初は宙に浮いたような話が多く、様々な連携や展開を考えていく中で、問題の本質を探り当て、問題を解ける形に書き直さなければなりません。さて、数学の研究においても世界の中での競争という人間的な部分もあり企業とよく似ています。世界で1番でないといけない、2番ではほとんど評価されないという点では、数学者も企業と同じで現実的な勝負です。また、全く新しい結果を出すことで、流れが大きくと変わることがあります。特に現在はグローバリゼーションによって競争が激しいので、どこからでもライバルが飛び込んでくる時代です。我々は、数学の考え方を活かし、ものづくりの競争力の向上に役立つことを目指しています。

 

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太鼓の研究のきっかけは、M.Kacの「太鼓の形が聞けるか?」という論文です。それまでの数学の論文のタイトルが抽象的であったのに対して、非常に具体的なタイトルであったことが衝撃的でした。四半世紀前に提唱されたもので、この間にコンピュータの飛躍的な発展があり、研究の中で大きな武器となっています。しかし、コンピュータの能力が苦手とし、人間でないとできないこともあります。そこで我々の研究室では、人間の能力とコンピュータとで常に補いあう形で、研究を進めています。
数学には論理だけではなくて勘も必要です。合理的な思考の経験の積み重ねが勘を養います。経験を積むと、問題を見ると第一勘でだいたい答えがどの辺りかが見えてきます。逆に勘がないとひとつの問題について様々な可能性をしらみつぶしに当たるわけで、無駄な時間をかけてしまいます。我々は、社会に役立つ数学を目指すと共に理系人材がどんな力をつけておくべきかも大切に考えています。

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