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シーズダイジェスト

植物ゲノム工学でデザインどおりの品種改良を目指す 農学部 植物生命科学科 土岐 精一 教授

[プロフィール]
(独)農業生物資源研究所・ゲノム機能改変研究ユニット長、国立研究開発法人・農研機構・生物機能利用研究部門・先進作物ゲノム改変ユニット長などを経て、2021年より現職。「日本植物細胞分子生物学会学術賞」などを受賞。

ゲノム編集技術とは、DNA上の特定の塩基配列を改変する技術のことです。突然変異によってたまたま出現した優良個体を選抜し、増殖して利用する…という従来の突然変異育種に比べると、目的の遺伝子に狙いを定めて改変することが可能なため、最近では様々な研究開発分野で応用が進められています。

ゲノム編集技術で重要な役割を果たすのが、人工ヌクレアーゼという酵素で、例えばクリスパー・キャス9という酵素はATCGの4種類が並ぶ膨大な文字列(塩基配列)の中から改変部位を見つけ出し、ピンポイントで切断します。切断されたDNAは、細胞が有する修復経路によって正しく直されますが、切断と修復を繰り返すうちに、修復エラーが起こり切断部位に欠失・挿入・置換等の変異が導入されます。このような変異導入法は標的変異と呼ばれています。

しかし、例えば「きょうはきげんがよい」という文字列を「きょうは」と「きげんがよい」の間で切断しても、修復されるときに「きげん」が抜け落ち、「きょうはがよいので」という意味が分からない文字列に変わってしまう可能性があります。切断した後は細胞の修復任せにするのではなく、「げ」を「ぶ」に置き換えて、「きょうはきぶんがよい」というように任意にゲノム編集することはできないのでしょうか?

その一つが塩基置換といわれる新しい方法です。従来の塩基を認識・切断する人工ヌクレアーゼに、塩基を置換する役割を持ったデアミナーゼという酵素を融合させたシステムで、まずクリスパー・キャス9が標的とする塩基配列を探し出し、シチジンデアミナーゼを融合させたものではCをTに、アデノシンデアミナーゼではAをGに置き換えることが可能となります。4種類の塩基を別の塩基に置き換えるには12通りの改変ツールが必要になりますが、近い将来あらゆる配列を自由に操作できる時代がやってくるでしょう。

私はこのシステムを植物に応用し、デザイン通りの品種改良を可能にしたいと考えています。標的遺伝子をデザイン通りに改良する方法としてはジーンターゲッティング法という方法もあります。この方法ではお手本を使って標的配列を正確に改変することができます。これは、「きょうはきげんがよい」という文字列とほぼ同じ並びをした「うはきぶんがよ」というお手本を導入することで、切断部位を相同性を利用した組換えにより修復し「きょうはきぶんがよい」という異なる文字列に改変する技術です。

ALS(アセト乳酸合成酵素)は分岐鎖アミノ酸合成に関わる酵素ですが、この酵素の活性を阻害し、植物を枯死させる除草剤があります。この除草剤存在下で生育可能なイネ培養細胞の解析により、ALSの2ヶ所のアミノ酸を変えれば除草剤に耐性を持つことが分かっていました。しかしながら、そのような植物は世の中に存在しませんでした。そこで私はお手本を利用するジーンターゲッティング法で、除草剤に高い耐性を有するイネを開発することに成功しました。そのほかにも、トリプトファン(アミノ酸)高蓄積米など、ジーンターゲッティングで作出した植物はたくさんあります。今後、これらの育種素材を世の中のニーズに合わせて広く普及させていければと考えています。

クリスパー・キャス9を用いた塩基置換

赤かび病防除に向けた閉花性穀物の作出

ジーンターゲッティングに成功した細胞を選抜するためには、選抜マーカー遺伝子を標的とする遺伝子の内部、またはその近傍に挿入しなければなりません。最終的に不要になる選抜マーカー遺伝子を取り除く方法として、私はトランスポゾンという動く遺伝子を使ってマーカー遺伝子を除去する方法、また標的遺伝子の一部を重複させておいてその組換え時にマーカー遺伝子を除去する方法を開発し、特許を取得しました。塩基の配列に関わらず、マーカー遺伝子をどこにでも挟み込んだり除去したりすることができるため、今まで選抜できなかった遺伝子を改変することが可能となります。

例えば、ムギ類の病気の一つに赤かび病がありますが、これは開花中にかびの胞子が侵入して発病することがわかっています。私は閉花性オオムギでの研究結果を基に、閉花性を付与すると期待されるA(アデニン)からG(グアニン)の置き換えにより、鱗被が肥大しない閉花型のイネを作出することに成功しました。今後は、完全閉花性の品種が未だ無いコムギにおいても閉花性の付与を行っていく予定です。

地球温暖化が大きな影響を及ぼす中で、病害虫に強く、夏場の高温耐性を持った作物の品種改良が求められています。今後、ゲノムやオミクス情報の解析が進んで、有用な形質を支配する遺伝子の同定や設計も可能となるでしょう。私たちの植物ゲノム工学の知識と技術で、未来の農や食に新たなイノベーションを起こしていければと考えています。