光による結晶構造の制御に着目 色の変化だけでなく、撥水・親水性などフォトクロミック化合物の新たな可能性を拓く 理工学部 物質化学科 内田 欣吾 教授

[プロフィール]
九州大学大学院総合理工学研究科分子工学専攻修士課程修了。博士(工学)。通商産業省工業技術院大阪工業技術試験所(現 産業技術総合研究所関西 研究員センター)研究員、九州大学 機能物質科学研究所 助手を経て、1997年龍谷大学理工学部助教授。2002年より現職。

理工学部 物質化学科 内田 欣吾 教授

フォトクロミズムとは、光を照射すると可逆的に物質の色が変化する現象のことで、この性質を有するフォトクロミック化合物は、調光材料や光記録材料などとしてさまざまな分野での応用が期待されています。

私たちの研究室では、フォトクロミック化合物の中でも「ジアリールエテン」と「アゾベンゼン」を対象に、色の変化だけでなく、光によってさまざまに性質を変える光応答性機能膜の研究を進めています。

物質化学科 内田 欣吾 教授


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耐久性や熱安定性に優れたジアリールエテンとの出会い

大学院ではベンゼノイドの研究に取り組み、公設試(大阪工業技術試験所)でプラスチックレンズの開発に携わった後、「優れた研究をやりたい」ということで、当時大阪大学産業科学研究所におられた入江正浩先生の研究室の門をたたきました。この入江先生こそ、フォトクロミック分子の中でも世界で最も注目されている分子の一つ「ジアリールエテン」の開発者として、世界的にその名が知られる有機化学者です。

ジアリールエテンが優れているのは、紫外光の照射で「着色」して、可視光線の照射でまた「無色」に戻る性質を持ち、さらにこの可逆反応を1万回以上も安定して繰り返すことができる点にあります。

また、高い熱安定性を備えていて、室温程度の熱による影響を受けにくいことも特徴です。例えばスピロピランなどのフォトクロミック化合物は、熱に不安定で、紫外光で着色後、可視光を当てなくても室温でもとの無色に戻ってしまいます。

ジアリールエテンのフォトクロミズム

〔ジアリールエテンのフォトクロミズム〕 無色の時は6角形の環が開いた状態(開環体)で、紫外光を当てると環が閉じて(閉環体)赤、紫、青などに着色する。これに可視光を照射すると、もとの開環体に戻り無色となる。

スピロピランは紫外光を当てると青や
紫に着色するが、室温の影響を受けてすぐ色が消える。

スピロピランは紫外光を当てると青や紫に着色するが、室温の影響を受けてすぐ色が消える。

ジアリールエテンはストロボを照射した部分だけ色が消えるが、可視光を当てない限り室温で色が消えることはない。

< 写真(1)→(2)→(3)>


①紫外光で着色したジアリールエテン ②可視光を照射可視光を当てない限り ③室温で保存しても色が消えない

(1)紫外光で着色したジアリールエテン

①紫外光で着色したジアリールエテン ②可視光を照射可視光を当てない限り ③室温で保存しても色が消えない

(2)可視光を照射

①紫外光で着色したジアリールエテン ②可視光を照射可視光を当てない限り ③室温で保存しても色が消えない

(3)可視光を当てない限り
室温で保存しても色が消えない


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超撥水性・親水性を光で自在に発現する
薄膜の開発に成功

フォトクロミック化合物は、色の変化を記録材料に利用する目的で研究が進められてきましたが、それだけでなく光を当てると閉じたり開いたりする光開閉環反応によって、分子構造が変化する性質を利用した、新たな機能についても注目されるようになりました。

当研究室がジアリールエテン誘導体から開発した、紫外光を当てると水をはじき、可視光を当てると元に戻る薄膜が、2007年に日刊工業新聞で紹介されると大きな反響が寄せられました。

紫外光を当てると結晶表面が変化し、直径1μm(1,000分の1ミリ)、長さ10数μmの針状結晶が生成します。この結晶に覆われた薄膜の表面は、蓮の葉の表面のように超撥水性(ロータス効果)を示すことがわかりました。針状結晶をもっと緻密に垂直に生成させると、接触角170度以上のさらに高い撥水性を得ることができます。この針状結晶は可視光を当てると消失してロータス効果もなくなります。

さらに、紫外光の照射回数や膜の温度を変えることで、針状の結晶と少し大きな結晶(直径5~8μm、長さ20~30μm)を同時に生成させることに成功しました。その結果、超撥水性を保ちながらも、大きな結晶の間に水が入り込むことで、膜表面を逆さまにしても水滴が落ちないペタル効果(バラの花びら<ペタル>で同じ現象が起こる)を有する薄膜を作り出すことができました。

同じ物質からロータス効果とペタル効果を発現できるだけでなく、ロータスからペタル、ペタルからロータス効果を示す膜に変換して、元に戻したりすることも可能です。

また、規則正しく並んだ針状結晶は、光を散乱して反射を抑えるモスアイ効果も達成しました。現在は、結晶の向きを一定方向にそろえて生長させる研究に取り組んでいます。

紫外光を照射すると表面に針状の結晶が生成され、水をはじくロータス効果が現われる(水滴の接触角は163度)。可視光を当てると結晶が消えて元の表面に戻り、撥水性が失われる。

紫外光を照射すると表面に針状の結晶が生成され、水をはじくロータス効果が現われる(水滴の接触角は163度)。可視光を当てると結晶が消えて元の表面に戻り、撥水性が失われる。

紫外光を照射して針状結晶を生成した表面に、温度を変えて紫外光を当てると大きめの結晶ができ、さらに温度を変えて紫外光を照射すると大小の結晶を併せ持っ た、ペタル効果を示す表面構造が現れる。

紫外光を照射して針状結晶を生成した表面に、温度を変えて紫外光を当てると大きめの結晶ができ、さらに温度を変えて紫外光を照射すると大小の結晶を併せ持った、ペタル効果を示す表面構造が現れる。

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じゃま者のSO2発生を逆手に取って
試薬の開発で特許を出願

さらに、光による撥水性と親水性を利用して、細胞接着・脱離技術の開発について、産業技術総合研究所の須丸公雄氏との共同研究を始めることになりました。

細胞培養では培地から細胞をはがす時に細胞を傷つけることがあるため、現在は温度を変えるとはがれる高分子が使われています。温度を変えることで細胞を傷めることもあるので、光を当てることでこれができないかと考えました。

培地の表面材料を試作して産業技術総合研究所に送ったところ、細胞がすべて死んでしまいました。これは、光が当たったところから発生したSO2(二酸化硫黄)によることがわかりました。

そこで発想を転換して、光を当てたところだけSO2を発生させる技術を利用できないかということが新たな研究テーマになりました。SO2は毒性があるものの血管拡張作用や抗酸化作用などの活性があります。

そこで、光が当たったところだけ局所的にSO2を発生させたり、光の量に応じての発生量を調整することもできる試薬を開発して特許を出願しました。

材料に軸足を置いて研究を進めていますが、つねにいろいろなことにアンテナを張りめぐらせて、さまざまな用途に応用できる可能性があることを念頭において研究に取り組まなければならないと考えています。

そしてできるだけ広いネットワークを持つことを大切にしながら、今後はこのオリジナル技術を活かした新しい用途の提案や開発、製品化のための要求性能などについて、企業からのアプローチを広く求めていきたいと考えています。

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研究者からのメッセージ

オリジナリティーを研究の原点に

私の趣味は陶芸ですが、人間国宝の陶芸家が作った作品は一目でその人とわかるようなオリジナリティーがあります。その個性が出ないと一流になれないし売れません。研究も同じです。研究者は他の研究者の論文もたくさん読んでいるので、誰がどんな研究をしているか知っています。二番煎じをやるとすぐ見抜かれます。自分の立ち上げたオリジナルな仕事を完成させていくことが大切だと思います。

誰も知らなかったフォトクロミック化合物の表面にでこぼこができることに着眼して、最初の論文をドイツ学会誌に発表した時に、リビュアーが「This is the original work」と書いてくれたことをとてもうれしく思いました。それを改良していく研究を今まで続けてこられたのは、オリジナリティーのある研究を出発点にしているからだと思っています。

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