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空気力学の視点から大気圏再突入の安全性をサポート「はやぶさ」のカプセルが物語る 高精度の「耐熱」シミュレーション 機械システム工学科 大津 広敬 准教授

[プロフィール]
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。静岡大学准教授を経て現職に至る。数値流体シミュレーションや風洞実験などを通して、再突入飛行体の熱空気力学の研究を行っている。
近年は、多孔質体や電磁力などを利用した新しい空力加熱低減法の研究を行っている。

大気圏突入という高熱の状況下における飛行体の安全を空気力学の視点から考える

機械システム工学科 大津 広敬 准教授
再突入カプセルバルートの模式図

小惑星探査機「はやぶさ」が無事帰還したことで、物質工学の世界は大きな前進をしましたが、私たちが携わる空気力学の世界にとっても大変重要な意味がありました。私は大学院在籍中の1996年に「はやぶさ」の大気圏再突入カプセルに関するシミュレーションに参画することとなりました。このシミュレーションは宇宙科学研究所(現JAXA)との共同研究であり「はやぶさ」の大気圏再突入カプセルが「どの程度の熱を受けるのか」についての取り組みでした。この「はやぶさ」への取り組みが元となり現在では、「どの程度の熱に耐えられるのか」という研究から、もう一歩進めて「熱そのものを軽減する方法」について研究を進めています。

私たちの研究室の研究テーマである「大気圏再突入飛行体の空気力学に関する研究」では、浸み出し冷却法、バルートを用いた飛行体、電磁力を用いた流れ場制御、といった方法論の確立に向けてより精度の高いシミュレーションと実験に取り組んでいます。

「はやぶさ」の大気圏再突入カプセルは直径40センチ、高さ20センチと小さく、またシステムを簡略化するため惑星間軌道から直接、大気圏再突入を行いました。そのため飛行速度も非常に速くなり「小さくて速い」という条件が揃ったのです。例えばスペースシャトルほどの大きさならば熱は分散していきます。ところが今回のカプセルほどの小さいものになると熱が集中してしまう。また落下速度を抑えることができればカプセルが受ける衝撃が弱まり、その分高温になることを抑制できますが、「はやぶさ」は全く逆の状況となります。

はやぶさ再突入カプセル全機周りの温度分析

はやぶさ再突入カプセル全機周りの温度分析

条件として非常に厳しい中、まずは「どの程度熱を受けるのか?」についてシミュレーションをスタートさせました。現在、大気圏再突入時と同条件の環境をつくりだす装置は存在しません。速度だけ、衝撃波だけなど特定の条件のみをつくりだすことは可能ですが、複数の条件が重なり合う状況を再現することはできません。従って、私たちが行うシミュレーションによって「モデル」を構築していくことでしか、飛行体製作の足がかりとなるデータはないのです。

シミュレーションをベースに飛行体を製作していくということは、シミュレーションを裏付ける方法は「実際に飛ばしてみるしかない」ということになります。

※ 衝撃波
主に空気中を伝播する、圧力などの不連続な変化のことであり、圧力波の一種。 爆発や超音速飛行など、媒質の「音速」よりも速く伝播する現象に伴って生じる。

現在、大気圏再突入飛行体を開発するにあたって考え方のひとつになっているのが「飛行体を再利用する」ということです。繰り返し使うことで費用的、時間的コストを削減させたいというのが狙いです。今回の「はやぶさ」はアブレータという材質を表面に使用しています。このアブレータは、材質自体が熱を受けることで変化し、そのことによってカプセル自体を熱から守るという耐熱材なのですが、アブレータは熱を受けることで消耗し最終的には消滅します。仮にカプセル自体が再使用に耐えられたとしても、アブレータを整備しなおさなければなりません。スペースシャトルなども同じく、背面の耐熱タイルをすべて貼りかえる必要があり非常にコストがかかります。

従って「耐熱材自体を守る」ことができれば、整備にかかる費用や時間を削減できるのではないか、という発想のもと研究を行っています。その研究のひとつが「浸み出し冷却法」です。これは飛行体の表面に多孔質体を用いて、その表面から冷却ガスを浸出させ機体を守ろうという方法です。この方法では液体窒素などを飛行体内部に備えるため、表面はもちろんのこと飛行体内部も冷却できます。現在は熱に耐えられる多孔質体材料の選定を進めると共に、シミュレーションと実験を重ねシステムを実現できるようJAXAなどと共同研究を進めています。

※ アブレータ
炭素繊維やガラス繊維などに合成樹脂を含侵させて作られた繊維強化プラスチック製耐熱材。
再突入飛行時に受ける空力加熱から機体を守るために使用され、主に気化・蒸発による相変化の潜熱によって冷却し、機体内部を守る役割をする。

アークジェットの機能を使用した極超音速流実験

アークジェットの機能を使用した
極超音速流実験

バルートとは、バルーンとパラシュートの合成語で、浮き輪状の構造物を大気圏再突入の際に膨らませて進入速度を減速させることを狙いとした研究です。大気圏再突入時の速さは、飛行体の重さと大きさによって決まります。相対的な話になりますが「1kgが重たいのか、重たくないのか」は物質の大きさによって決まります。つまり、100立方センチで1kgは重いですが、1,000立方センチで1kgは重たくはありません。

この考えのもと、飛行体の重さはほぼ変わらないまま大きさだけを大きく変化させることができれば、突入時の速度を遅くすることが可能となるという研究を行っています。大きく、それに比例した重さであれば空気抵抗が増し、非常に高温となってしまいますが、大きい上に軽ければ逆に空気抵抗を効率よく利用できるのです。残念ながら、実際にはバルートに使用する材質選定において、熱に耐えられるだけのものが見つかっていません。但し、1,000℃ぐらいには耐えられる材質は存在します。1,000℃程度までに突入時の温度を抑えられるような形状の飛行体を開発するべくシミュレーションを行っていくことも私たちの課題のひとつと言えるでしょう。当然、実際に使用されたことはありませんが、1,000℃までに抑えられるような形状の開発ができれば実証実験まで、それほど時間はかからずに辿り着けると思います。

機械システム工学科 大津 広敬 准教授

大気圏再突入時に空力加熱によって飛行体の表面温度が上昇すると、化学反応が発生します。これは酸素分子と窒素分子が衝突して、それぞれが酸素原子と窒素原子に変化した後、さらに酸素原子と窒素原子が衝突しイオンが形成される、いわゆる「電離反応」というものです。この時、電離した気体はプラズマ状態となります。プラズマは電気が流れやすいという性質をもっていることから、磁石を使えば電磁力が発生します。この電磁力は流れの方向と逆向きに働くので、突入時の衝撃波を前方に押し出す効果があるのです。この電磁力を使って進入速度を減速させることを目的とした研究に取り組んでいます。このアイデア自体は1950年代から提唱されていたものなのですが、理論を実証するための磁力が当時の磁石では生み出せなかったのです。正しくは「それだけの磁力を生み出す磁石は巨大なものとなってしまい、飛行体に搭載するには現実的ではなかった」ということです。

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今日、超伝導技術の発達により電磁石の性能向上したことや、ネオジム磁石などの強力な永久磁石が登場したことにより再び注目を集めています。現在、JAXAとEADS(European Aeronautic Defense and Space Company)が共同で研究を進めており、私たちも本研究に参加しております。近い将来、ロケットなどを利用して、再突入飛行体を使った飛行実証試験を行なうことを計画しています。

※ 空力加熱
超音速飛行時に飛行体前方に発生する衝撃波によって、まわりの大気が断熱圧縮され高温となり、その高温大気によって飛行体が加熱される現象。

※ 電離反応
イオンを伴う化学反応。この種の化学反応によって、自由電子を生成され、電気が流れやすい状態「プラズマ」を生成する。

今回紹介させていただいた研究に関しては、まだまだシミュレーションを繰り返していかなければなりません。シミュレーションの数値に対応できる材料を提案いただける企業に参画いただければ、研究プロジェクトの長足的発展が見込まれると思います。
また、空気力学が専門なので、流体の計算に関するご相談などがあれば対応させていただくことができると思います。特に宇宙における流体の研究に携わっているので、空気が希薄な条件で、生産を行う、作業を行うなどの現場に関するご相談などをいただければと思います。