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龍谷エクステンションセンター(REC)

シーズダイジェスト

植物の匂いを介したコミュニケーションとその活用 農学部 植物生命科学科 塩尻 かおり 准教授

[プロフィール]
京都大学白眉センター助教、龍谷大学農学部講師を経て、2019年より現職。
日本学術会議連携会員や京都大学生態学研究センター共同利用運営委員会委員などの委員を務める。
2016年11月、京都大学学際研究着想コンテスト奨励賞(分担者として)を受賞。
「体を動かすことが好き」と話すように、地域のバレーボールチームの現役選手として活躍している。

植物は動くこともできないし、声を出すこともできません。では、虫などの外敵に襲われたとき、どのようにして自らの身を守っているのでしょうか。

植物は、食害などの刺激によって植物のホルモンと言われるジャスモン酸経路のシグナル反応が誘導され、例えば渋みの強いタンニンを合成して葉っぱをまずくしたり、毒性の強いフェノール類を合成して虫の消化機能にダメージを与えたりと、外敵がきてから防衛することがあります。また、葉っぱなどを破ったとき、緑の独特な香りを嗅いだことはありませんか。これらの匂いの主成分は、青葉アルコールや青葉アルデヒドなど緑の香りと呼ばれる物質で、傷ついた細胞膜の表面で瞬時に合成され、様々な病原菌に対する抵抗性を持っていることが知られています。植物は応急措置として、まず緑の香りを生合成して病原菌などの侵入を防いでいるのです。さらに、虫が葉っぱを食べ続けると、植物は緑の香りとは異なる別の香りを放出します。これはテルペン系の合成物質の匂いで、食べている虫に応じて匂い物質のブレンドをかえ、植物に害を与えている虫を食べる虫(天敵)を誘引することができます。

誘導防衛

誘導防衛

食害後に防衛形質を発現し、その後の食害を減らす

  • 棘を多くする
  • 軟毛密度を高くする
  • 硬くする
  • タンニン量を増やす

外敵を防ぐためには常に身を固くしていればいいわけですが、限られたエネルギーの中で、成長もしなければいけないし、子孫も増やさなければなりません。何かアクシデントがあったときだけ対応する効率的な防衛メカニズムが、植物にはきちんと備わっているのです。

私は、植物が出す「匂い」に注目して研究を進めています。実は、葉っぱを食べる虫の種類によって別々のシグナル誘導反応が起こって、植物はまったく異なる匂いを放出します。アブラナ科のキャベツを例に取ると、モンシロチョウの幼虫に食べられたときは、その幼虫に寄生して卵を産みつけるアオムシサムライコマユバチ(寄生蜂)という天敵を呼び寄せ、コナガの幼虫の場合はコナガサムライコマユバチ(寄生蜂)を呼び寄せます。植物が合成する物質、つまり匂いの主成分とそれぞれの寄生蜂の選好性を調べたところ、アオムシサムライコマユバチのほうは緑の香り成分が多く含まれるほど反応し、コナガサムライコマユバチはいくつかの匂い成分がブレンドされたフルーティーな香りに強く誘引されることが分かりました。これら天敵にとっては、特定の匂いを手掛かりとすることで、餌や寄主となる虫を容易に見つけることができるというわけです。

では、モンシロチョウとコナガが同時にキャベツを食べたときは、どうなるのでしょうか。その場合、放出される匂いの種類が変わって、なぜかコナガの天敵であるコナガサムライコマユバチはその匂いにあまり反応を示さなくなってしまいます。面白いことに、コナガの親虫はそのことをよく知っていて、わざわざモンシロチョウの幼虫がついている、天敵が少ないキャベツに卵を産みつけるのです。こうなるとキャベツはお手上げです。

植物がどんなメカニズムで虫の違いを見分けているのか、はっきりと分かっていませんが、植物が出す匂いが一つのツールとなり、多様な生態コミュニケーションをもたらしていることが理解できると思います。

虫だけでなく、植物同士も匂いでコミュニケーションしています。虫に食べられた植物が出す匂いを健全な植物が受容すると、何かあったとき防衛形質をすぐに発現できるように、防衛遺伝子を活性化させるのです。セージブラシ(山ヨモギの仲間)をモデルにフィールド実証を行ったところ、同じ植物でも血縁個体であるほどコミュニケーションをとっており、血縁の匂いを受容した個体ほど被害が少なくなるということが明らかになりました。植物は匂いで血縁個体を見分けているようなのです。

一方で、他種間でもコミュニケーションをする場合があり、匂いで防衛機能が働くことが分かっています。例えば、セイタカアワダチソウを傷つけたときに出す匂いを、苗の段階でダイズに受容させると、害虫に対する防衛力が高まり、収穫量も増え、イソフラボンやサポニンなどの栄養価が優位に上がります。現在、コシヒカリやキヌヒカリなど日本人にとって身近なイネの研究にも取り組んでいて、ある雑草の匂いを受容させると収穫量が増えるのでは…という結果も出ています。どんな匂い物質が何の植物のどの機能に影響を与えるのか、その組み合わせを考えることで、農薬などに頼らない新たな農業を提案できるのではないでしょうか。

植物は、私たちの想像が及ばないような優れた能力を秘めています。匂いによるコミュニケーションのメカニズムを解き明かし、農業や医薬など様々な分野に活用していくことによって、豊かな社会の実現に寄与したいと思います。

三つ子の魂百まで クロマメ(丹波黒)

研究者からのメッセージ

農薬だけに頼らないエコロジーな農業技術を提案

研究者からのメッセージ

例えば、コナガサムライコマユバチを誘引する匂いを低コストで人工的に合成できれば、難防除害虫に指定されているコナガによる作物被害を減らすことができます。また、植物同士のプラントコミュニケーションを組み合わせれば、発展途上の国で収穫量を増やす技術が開発できるかもしれません。

植物は他の生物のように動けない分、環境に素早く適応し、進化的軍拡競争に勝ち残っていくための能力を身に着けました。その優れた能力に注目し、匂いによるコミュニケーションを新しい技術やサービスに転用していくことで、今までとは違ったエコロジーな農業などを提案できると考えています。