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シーズダイジェスト

ペプチドを「デザイン」し機能性を持つ有機物をつくる 物質化学科 富崎 欣也 教授

[プロフィール]
九州工業大学大学院工学研究科物質工学専攻博士後期課程単位取得退学、博士(工学)。米国ノースカロライナ州立大学化学科博士研究員、(財)地球環境産業技術研究機構 化学研究グループ研究員を経て、2009年龍谷大学 理工学部物質化学科准教授。2012年より現職。

自然界が練り上げた“仕組み”を読み解き無機物を意図する形へと「デザイン」する

理工学部 物質化学科 富崎 欣也 教授
ペプチドを「デザインする」ことで医療界から注目される物質を成型する

私は、以前よりペプチドのアミノ酸配列と構造あるいは機能との関係を解明する仕事に従事しています。ペプチドはタンパク質の部分配列であり、アミノ酸がいくつか結合した有機物です。このペプチドを使い無機物を成型していくことが現在の研究の柱となります。自然界では有機物と無機物が複合化し鉱物を成型していく作用があります。

例えば海の中にいる、エビやカニの殻やサンゴ、貝などは炭酸カルシウムとタンパク質の複合物としてつくられます。この作用を生物鉱物化(=バイオミネラリゼーション)といいます。我々はこのバイオミネラリゼーションに着目し、有機物の構造を操作することで無機物を意図する形に成型することを目的とした研究に取り組んでいます。

最初に記したとおり、生物の世界ではバイオミネラリゼーションという作用があり、それは人間の体内でも、例えば骨や歯をつくるということがバイオミネラリゼーションにあたります。現在、バイオミネラリゼーションの研究は主に無機結晶の形態の制御を目指しており、その中で我々は人工骨などをバイオミネラリゼーションによって加工成型する再生医療技術を現実のものとするために、日夜研究に取り組んでいます。

無機物を成型するためには、有機物の構造や性質を調べ、操作していく必要があります。先ほど記した、貝殻や骨、歯を成型するために扱う有機物はタンパク質となります。ところがタンパク質を扱うとなると、調べる範囲や作業領域が膨大なものとなり研究を進める上であまりにコストがかかってしまうのです。そこで我々はペプチドに着目しました。ペプチドはタンパク質の部分配列であり、作業領域も限られているため、タンパク質の特性を活かしたままコストを抑えることができるのです。

バイオミネラリゼーションには多くの研究者が着手していますが、使用する有機物としてペプチドを扱う研究者はごくわずかで、さらにペプチドが自己集合化し、その集合体内部空間を鋳型として利用する研究を行っているのは我々だけです。

※ ペプチド
アミノ酸が2個以上100個程度まで繋がった生体高分子。タンパク質の部分配列。

物質化学科 富崎 欣也 教授
物質化学科 富崎 欣也 教授

我々が扱う天然アミノ酸は全部で20種類あります。また、人工的に合成した非天然アミノ酸を加えるとその種類は膨大な数にのぼります。このアミノ酸の組み合わせによって、無機物を成型する作用を持ち合わせる有機物と成り得るのです。「作業領域が限られている」と記しましたが、それでもこのペプチドの組み合わせによってできる、機能性を有したペプチドを探し当てるには大変な時間と労力が必要となります。

そこで探し当てるために参考とするのが「バイオミネラリゼーション」となるわけです。自然界で長い時間をかけて練り上げられた“仕組み”にはたくさんのヒントが隠されています。このヒントから「どの生物に機能があるのか」を見つけだすことが、研究者の腕の見せどころだと考えます。我々も成型を目指す金属に反応するペプチドを探し当てるため、生物の活動を参考に仮説を立てて実証実験を行っていますが、この際、我々はペプチドを形成するアミノ酸が、生物のバイオミネラリゼーションでどのように使われているかを理解することが重要です。

これにより、無機物を成型させる有機物、すなわちペプチド中のアミノ酸の配列を読み取り、有効なペプチドの組み合わせを検討、実施するのです。我々はこのような研究を「ペプチドをデザインする」といっています。無機物を意図する形に成型する研究ですので、まさに「デザインする」といえるでしょう。

一方、成型させる無機物についてですが、現在我々は「金ナノロッド」という物質の成型に取り組んでいます。金は非常に安定した金属であり、化学反応をあまり起さないのですが、ナノスケールまで細かくすると化学反応が起きるようになります。我々が研究に取り組んでいる「金ナノロッド」はその名の通り、ナノスケールで棒状の金粒子です。この「金ナノロッド」は波長の長い光、すなわち近赤外線領域の光を吸収し、熱エネルギーへと変換するという特性をもちます。現在、医療現場では多くの研究者が、この特性を活かすことを試みています。

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まず、ガン細胞などの特定の部位へ金ナノロッドを送達するための移行シグナルを結合した鋳型ペプチドを設計・合成する。それらを水溶液中、温和な条件下で金ナノ粒子の「もと」となる塩化金酸と混合すると、ペプチドが自己集合化する際に内部に塩化金酸を取り込み、還元し、金ナノロッドを合成する仕組み。
ペプチドと塩化金酸を混ぜるだけで望みの金ナノ粒子を合成する方法の開発を目指す。

例えばガン細胞に「金ナノロッド」を大量に集積させ、そこへ赤外線を照射することで光→熱変換を行い、熱によってガン細胞を死滅させるという治療などがそれにあたります。赤外線に反応するということからも人体に害が少なく安全に扱えるということから医療へ応用されることの期待は大きいと思われます。この「金ナノロッド」の成型に我々はペプチドを用いて挑戦しています。具体的には鋳型となるペプチドに移行シグナルという「金ナノロッド」を患部へ選択的に送達するための部位を結合したペプチドを合成します。それらを水に溶かした溶液内に「金ナノロッド」の「もと」になる塩化金酸を加えるだけで、ペプチド集合体が「金ナノロッド」を成型するための鋳型となり、加熱や毒性の高い薬品を混合することなく自然と塩化金酸がロッド状の金粒子へと成型されている、合成法の開発を目指しています。

※ 移行シグナル
物質を特定の組織や部位に送り届ける符号のこと。ペプチドやタンパク質であることが多い。

ペプチドを鋳型とする金ナノ粒子合成の例

鋳型となるペプチドのアミノ酸の組み合わせを変更したり、塩化金酸の還元方法を変更することで、鋳型に沿って球状の金ナノ粒子を規則正しく並べたり、ロッド状の金ナノ粒子を合成することができる。

ペプチドを鋳型とする金ナノ粒子合成の例

「金ナノロッド」は自然界には存在せず化学的に作り出された形状の物質であり、現在の成型法は、CTABと呼ばれる界面活性剤の集合体内部にできた空洞を使って「金ナノロッド」を成型するというものです。この方法の問題点は、まずCTAB自体に細胞毒性があるということです。もちろん「金ナノロッド」が成型された後には、CTABは洗浄されるのですが医療に使用することを考えればやや安全性に不安が残ります。また作業工程が多い点も問題です。「金ナノロッド」を成型した後、CTABを洗浄し、その後、先に説明した移行シグナルを「金ナノロッド」に付与する作業が必要となります。これに対し、我々が研究する方法は安全性が高く、一工程で金粒子の成型と移行シグナルの付与が完了するため作業時間の大幅な短縮が見込めます。

※CTAB
セチルトリメチルアンモニウムブロミドの略称で、界面活性剤の一種。細胞毒性があるとされている。

現在、ペプチドが自己集合化することで鋳型を形成し、その中で塩化金酸がリボン状の金粒子に成型されるところまで確認がとれています。この後、ガン治療などに使用していくためには形や大きさを均一化させる必要があります。そのためより一層「ペプチドをデザイン」していくことが求められます。ただ「デザイン」の精度を上げていくためには、まず「なぜペプチドが金ナノ粒子を成型する鋳型となるのか?」というメカニズムを解明していく必要があると考えています。また、他の研究としては「人工骨」を扱ってみたいと考えています。現在の人工骨の問題は「細胞との結合が難しい」という点です。この問題をペプチドを用いて、人工骨と細胞を結合させるための界面物質をつくることにも着手しています。