[プロフィール]
九州大学大学院総合理工学研究科分子工学専攻修士課程修了。通商産業省工業技術院大阪工業技術試験所研究員、九州大学 機能物質科学研究所助手を経て、1997年龍谷大学理工学部助教授。2002年より現職。
趣味は、焼物とカトレアの栽培。多治見の土を取り寄せ、自ら捻った美濃焼で味わうお茶は最高。
ハスの葉は雨が降っても、決して濡れることはありません。雨は小さな水滴となって、葉の表面の汚れを絡め取りながらコロコロと転がり落ちていきます(ロータス効果)。
葉と水滴が接する角度を接触角と言い、一般に150°を超えると水を弾く超撥水性を示します。ハスの葉では、水と固体間の界面張力よりも固体の表面張力のほうが強く働くため、接触角は163°とたいへん大きくなります。
一方、バラの花びらを見ると、その接触角は154°ですが、水滴が転がり落ちることはありません(ローズペタル効果)。
実は、ハスの葉もバラの花びらもその表面は微細な凸凹構造をしていますが、ハスの葉の方は凹部分に空気層が保持されているのに対し、バラの花びらの方はその隙間に水が入り込むため、表面張力で水がピン留めされるのです。つまり、表面の形状の違いが、まったく異なる効果を生み出しているというわけです。
CA(接触角)=163° 転がる(SA(転落角)≦2°)
W. Barthlott, C. Neinhuis, Planta 1997, 202, 1-8;
C. Neinhuis, W. Barthlott, New Phytol. 1998, 138, 91-98;
CA=154° ピン止めされる
L.Feng, L. Jiang et al., Langmuir, 2008, 24, 4114-4119.
こうした生物の機能を模倣しようというのがバイオミメティックスの考え方で、例えばセルフクリーニング機能をもった建材など、ハスの葉やバラの花びらの超p撥水性を模倣した商品は数多く実用化されています。
私の研究室では20年以上前から、光を当てると可逆的に色が変わるフォトクロミック化合物(ジアリールエテン)を用いた研究に取り組んできました。
この化合物1oは無色透明のキュービック型をした結晶ですが、紫外線を当てて30℃で保持すると、無数の針状結晶(1c)が成長して膜表面を覆い、ハスの葉と同じように接触角163°のロータス効果を示します。可視光を当てると針状結晶は溶けてなくなり元のキュービックの結晶に戻りますが、もう一度これに紫外光を照射して温度を70℃に上げ、さらに2回目の紫外光照射を行うと、大きな柱状結晶の間から針状結晶が生成され、それがバラの花びらと同じように水が入り込む空間を生み出し、水滴が落下しない接触角154°のペタル効果を示すことを明らかにしました。
ロータス効果とペタル効果の両方を示す表面を光応答で3回交互に繰り返し作成することができた、世界で初めての例です。
ハスの葉の表面は、直径10ミクロンの突起の上に0.1ミクロンの微細なワックス成分が剣山のように生えたダブルラフネス構造をしています。私たちは、このハスの葉の構造により近づけたものを光制御で再現できないかと考えました。
バラの花びら効果でできた膜の温度をさらに高めると、オストワルド熟成で小さな結晶が大きな結晶に取り込まれていきます。可視光を当ててもこの結晶は溶けませんが、そこにもう一度紫外光を当てることで、大きな結晶の上に細かな結晶が成長してダブルラフネス構造が出来上がります。私たちが以前に作成したロータス効果をもった超撥水膜は、落下する水滴を弾き返す能力はありませんでしたが、今回作ったものは実際のハスの葉と同じように水滴を弾き返す現象を確認することができました。言い換えれば、ハスの葉のセルフクリーニング機能が表面のダブルラフネス構造に依存していることを証明できたのです。この成果は権威あるアメリカ化学会誌に掲載されるなど、世界的に高く評価されています。
光を照射すると、結晶は伸縮したり曲がったりすることが知られていますが、これらを構成する分子の頭部は五角形の構造となっています。では、この五角形をシクロヘキセンの誘導体を使って新しく合成し、六角形に変えるとどうなるでしょうか。
Chem. – Eur. J., 2016, 22, 12680. Angew. Chem. Inter. Ed., 2017, 56, 12576-12580. (Hot Paper)
興味本位で始まった研究ですが、実際に作って2oの結晶に紫外光を当ててみると、六角形の分子が色の異なる分子(2c)に変換され、そのサイズも変わることが分かりました。五角形の誘導体(3o)に比べて、分子の変動率が約3倍増加したため、これまで以上に勢いよく跳ねたり割れたりします。
この六角形の誘導体は、気相で結晶成長させると5%の割合で真ん中が中空の結晶になります。私たちはこの構造を利用し、穴の中に直径1ミクロンの蛍光ビーズを詰め、紫外光を照射してみました。すると、ちょうどホウセンカの実が炸裂して種を飛ばすのと同じように、結晶にひずみがかかって割れ、蛍光ビーズを周りに発散したのです。これは光応答性結晶で作った新規材料で、例えば香料や薬などを徐放するシステムへの応用などが期待されます。
今まで目に見えなかったミクロな分子の動きを可視化し、マクロな機能として活用することで産官学連携の芽は大きく膨らみます。これからもオリジナリティを大切に、私たちの研究成果を世の中に生かしていきたいと考えています。
オランダの科学者ベン・フェリンガは、一つの分子がまるで車のように動くナノカーを開発して2016年にノーベル化学賞を受賞しました。私たちの研究もナノカーと同じで、すぐに世の中の役に立つわけではありませんが、目に見えない分子の動きをマクロスコピックなものにし、多くの人たちに夢や感動を与えることによって、企業の皆さんからニーズを引き出すことができると考えています。
例えば、ホウセンカの種飛ばしを模倣したドラッグデリバリーシステムの開発など、私たちの光応答性結晶の技術を医療分野に応用することで新しい価値を創造できると思っています。