[プロフィール]
三重大学農学部農学科助手、京都大学大学院農学研究科農学専攻助教授、京都大学大学院農学研究科農学専攻教授を経て、2015年より現職。
2008年から2010年まで園芸学会会長。
現在、2020年日本で開催予定の第7回国際カキシンポジウム実行委員長。
学生時代は柿は研究対象だったが、最近は「美味しいと思うようになった」と笑みをこぼす。
カキは、果実がまだ小さいときは一様に強い渋みを持っていますが、甘ガキでは果実が生育するにつれてこの渋みが自然に抜けていきます。それはなぜでしょう。甘ガキには、種子がある場合だけ渋みがなくなる「不完全甘ガキ」と、種子があってもなくても渋みがなくなる「完全甘ガキ」の二種類があります。私が以前、不完全甘ガキの脱渋機構を調べたところ、この品種群では種子の中のアセトアルデヒドの含量が増え、それがどんどん果実内に蓄積して、渋み成分のタンニンを重合(高分子化)させ、結果的に水に溶けなくなって渋みを感じなくなるということが明らかになりました。不思議なことに、渋ガキでは種子からアセトアルデヒドがほとんど出ません。つまり、ある日、種がアセトアルデヒドを生成するという変異を起したことで、不完全甘ガキが登場したというわけです。
では、完全甘ガキのほうはどうでしょうか。こちらは計測してもアセトアルデヒドは確認できないのに、どういうわけか樹上で渋みが自然に消失していきます。実は、カキは特異的にタンニンだけを蓄積するタンニン細胞を持っていますが、完全甘ガキの成長過程を時系列で追ってみると、果実は大きくなるのに、幼果期にタンニンが合成されなくなり、タンニン細胞の成長が止まってしまうことが分かりました。カキの中でタンニンが生成されるプロセスは複雑ですが、それら酵素の働きを統合的に制御する遺伝子が見つかれば、将来、渋ガキを甘ガキに自由に変えることができるかもしれません。
完全甘ガキは、これまでの交雑結果では完全甘ガキ同士を交雑しなければ生まれません。カキは六倍体ですが、一つの遺伝子座によって甘渋性が制御され、その遺伝子座の遺伝子に変異が起きた劣性遺伝子がホモ接合体になることで、生育途中からタンニンの合成が阻害され、完全甘ガキになります。私は十数年前から近縁種で解析が容易な二倍体のマメガキを使ってゲノムライブラリを作り、変異した遺伝子が強く連鎖している領域からDNAマーカーを構築することで、その遺伝子座の位置を明らかにする研究に取り組んできました。今後はその成果を日本の“農”の問題解決に生かせないかと考えています。
ASTの遺伝解析における二倍体マメガキゲノム利用のアプローチ
例えば、これまでの完全甘ガキの育種では、完全甘ガキは限られた品種・系統の中で交雑を繰り返したために、果実重が小さくなり、樹勢が低下するなど近交弱勢の弊害が問題となっています。現在では、まず完全甘ガキと完全甘ガキ以外のカキを掛け合わせて近交弱勢の弊害を除き、そこで生じた雑種第一代(F1)の個体を再び完全甘ガキと戻し交雑することで、完全甘ガキを獲得するという方法がとられていますが、完全甘ガキの獲得率はわずか15%ほど、その多くは渋ガキで無駄になってしまいます。そこで、私たちはDNAマーカーを使って完全甘ガキとなる交雑個体だけをあらかじめ選抜し、育種の効率を高めるマーカー選抜の取り組みを農研機構果樹茶業研究部門と共同で実施しました。最近ではこのマーカー選抜した個体から、果実重も十分にあり、たっぷり糖を含んだ新たな品種候補がいくつか見つかるなど、一定の成果を上げつつあります。もしかすると3~4年先には、この共同研究により新しい完全甘ガキを皆さんの食卓に届けられるかもしれません。
マーカー選抜した交雑個体からの新品種候補
柿渋をご存知でしょうか。未熟のカキを粉砕して、その搾汁液を発酵させたもので、現在では主に清酒の清澄剤や建築塗装材などとして使われています。渋ガキを原料にするのが一般的ですが、アセトアルデヒドとの反応性を、渋ガキのタンニンと完全甘ガキのタンニンとで調べると大きな違いがあり、分子量も異なることから、完全甘ガキを使えば、まったく別の特性を持った柿渋ができるのではないかと考えました。
今から2年前、加茂にある柿渋メーカーと産学連携し、完全甘ガキで作った柿渋の化学的特性の解析のため、ポリスチレンの合成吸着剤でのカラムクロマトグラフィーを実施したところ、完全甘ガキから作った柿渋は、その吸着性が従来のものとは大きく異なることが分かりました。柿渋には血圧や血糖値を下げる生理効果があると言われていますが、私たちの研究がさらに進めば、近い将来、創薬あるいは保健用食品等の素材として柿渋の新たな応用が可能になるのではないかと期待しています。
古くから日本人に親しまれてきたカキにはまだまだたくさんの不思議が埋もれています。これらを一つひとつ科学的に解き明かしていくことで、農業だけでなく、医療・健康分野などにも貢献できる研究成果を発信できればと思います。
私の専門は果樹に関わる研究で、カキを交雑するにも数年かかるなど成果がすぐに目に見えないことから、産官学連携が進みにくい分野だと思われるでしょう。しかし、タンニン合成を制御できるような技術を使えば、例えば渋みを操作したワインなど今までにない食品が開発できるかもしれません。
また、柿渋の開発についても製薬メーカーとの連携や、様々な大学の医学部・薬学部等との共同研究を希望しています。カキの甘渋性に関する研究をライフサイエンスの域にまで広げることで、新たな事業展開につながるシーズを育てていきたいですね。